健康関連の学会で思ったこと
先日、学会で多くの人の研究発表を聞いた。フードファディングなる群馬大高橋教授の話がとても良かったし、若い学徒の印象的な優れた研究成果もあった。何人かの保健師の体験談に基づく健康教育の問題点指摘など強烈で、とても勇気ある発言に感銘も受けた。
政府のメタボ狂騒曲に惑わされ研究した多くの結果は、定量的には何も根拠がなかったことが示されていた。食教育が最重要事項でもないのである。最初から明らかに分かっている政策ミスに踊らされている全国の保健師達や研究者達の無為な努力を見るに付け、政策立案者達の罪の深さ、其れを知りながら便乗している関係者達のあくどさ・無気力さに思いが巡った。
本当に迷惑な施策であるとの結論を、学会としての公式見解を出すべき時点になったと思うが、著名な学者を含む多くのオピニオンリーダ達は、あえて批判せず沈黙しほおかぶりしているのは、保険会社・薬品業界・厚労省から研究助成金を貰って研究しているから発言出来ないのであろう。。。。
日本では人間の健康は、栄養・運動・休養であるとの3原則が謳われているが、WHOは身体・精神・社会性を3要素と言っており、日本の健康関連常識の次元の低さを浮き彫りにしないといけない。腹囲の大きさなど関係ないものを理由に、健康な人を皆健診に追いやる健康意識公害を流布する愚策は薬害より酷いのでは無かろうか? 高齢者の生きがいを創造する環境整備こそ重要であり、すべての高齢者達が社会参加して若者に良き伝統を伝授すべき時に来ているのではないかと思う。子供達を取り巻く環境変化により危機が迫っている、家庭や学校での教育問題から(結果として)逃避してきた高齢者達の責任でもある。腹囲を云々している間に日本人の長寿世界記録をどんどん追い抜いているEU諸国は、ソーシアルキャピタル充実に向かっている現実を直視すべきである。日本のメタボ愚策とEUのソーシアルキャピタル充実政策格差は歴然としているのである。
視野の狭い学者の多い中で、著名な先生方もおられるのであるから、ここは勇気ある見識を示し、この愚かな国民総病人化政策を早急に廃案に追い込んで欲しいものである。厚労省大臣は、早速始まったばかりの高齢者医療政策を中止したことでもあり。。。。更なる突っ込みが求められているのある。
高い見識ある人が政治のトップに立たないと世の中は変わらないのが日本の歴史・現実でもある。明治革命を成し遂げた革命児達の生きがいは正義観では無かったか?今必要な事は、世直し責任を如何に実現するかであると考えたときに、世はそのツールを高齢者にも開かれているのである。。。勇気ある発言は公開型ブログでどしどし発信すべきであり、腐敗した政治を正す唯一の手段かもしれない。。。。後世に悔いを残さないためにも。。。


メタボ、国際基準統一へ おなか優先、日本だけに ◇男性85センチ、女性90センチ
国民総健診・総病人意識化施策として、識者から悪評の高いメタボ狂想曲に、国際世論ははっきりとNO!の意思表示をしたと新聞報道された。海外への研究論文投稿もこれで、正式に門前払いとなった意義は大きい。
メタボに関する日本からの論文、研究発表は世界の医学会からは無視され・嘲笑されることとなったのです。
科学的・医学的になんら検証されていない事が、堂々と施策化されてしまう日本の政治の愚かさと、其れを黙認してしまう権威達の存在・御用学者化現象を黙って見ていて良いのであろうか?
医療費削減が隠された目的と言うが、其れすらも全く今強レスで、薬品業界・検査業界・医師業界への公共投資型ばらまき行政でしかないと言われてもしょうがない国民負担増策であり、国民不在の施策である。健康保険組合への負担増から早くも健保解散がはじまったているが、労働者の保険料負担増へと確実に舵が切られてたのを黙ってみている国民も国民であると言える。
健康で問題のない人々を無理にメタボ病にでっち上げ、健康意識を誤った方法に導くことの罪深さは、多くの薬害事件処理とどこが違うのであろうか?
国民の健康を維持向上させるには、社会不安・ストレスを低減し、生きがいや楽しみを増大させる施策こそ重要な世の中になってきたことを、為政者・科学者・医者は確り認識することが必要である。
誤ったメタボ施策立案をリードした責任者を明確にし、正しい政策に速やかに切り替えることこそ、政府・厚労省の信用回復の道であると信じる。
世界最長寿国から転落(男性)した真の意味を噛みしめ、保健行政・政治は正しい道を進めるべきである。
投稿: BLUE OCEAN 健 | 2008年8月21日 (木) 11時19分
世界一の高齢時代を生き抜く、生きがいについて考える
――あるシニアーの生き様と健康科学重視への予防政策転換を訴える----
都市科学博士 健康科学コンサルタント 高橋俊彦
還暦を過ぎ、リタイヤ後の余生を如何に有意に生きるかが、多くの高齢者の課題認識であろう。私の場合は、リタイヤ前後から地域での多様なボランティア活動に精をだしていたが、色々な壁に突き当たり、もう少し人間科学を勉強する必要性を感じていた。都立大学大学院進学を思い付き、若者に混ざって修士と博士課程を通過して、幸い都市科学博士になることができた。この学問分野は比較的新らしく、世界でも大都市にしかない分野だそうである。専門外であったが、都市問題を幅広く学際的な学びができたうえ、人間の健康科学のあり方を学ぶ事の魅力に捕らわれる事となった。世界の都市づくりやそこに住む住民の多くの課題を多面的世界的な視野で学べ、都市環境や都市政策・政治行政学・労働経済学・地理情報システムから都市住民コミュニティ論・ユニバーサルデザイン・疫学や高齢者の健康問題まで幅広く学ぶ事ができた。そこで学んだ社会調査手法には、想定だに付かなかった多変量解析ソフト(構造法方程式モデリングStructural Equetion Modeling;SEM)との出会いがあり、その能力の素晴らしい輝きに眼がくらんでしまった。数年後の経年データを含めた縦断研究が出来る調査データを分析する事で統計的な因果関係が定量的に解明できる事を理解、その習得に没入し、ソフトウェア技術の隔世的な進歩に驚嘆したのであった。自治体と大学との共同調査で集めた数万件のデータを分析していくうちに、健康常識といわれている多くの事が疑われることが示されていた。例えば肥満は危険なのでダイエットしよう、高血圧の危険性や生活習慣病の特性は何々に注意しようなどは、かなり条件を絞って考えないといけないのに一般化されてしまっている。主観的な健康感の重要性が殆ど強調されていないなどなど。。。。データが示すことと世の中の常識の食い違いに疑問を感じていた時に出たのが今回のメタボリックシンドロームなる疾病対策の話であり、これは何だと当惑していた時に、大櫛教授の論文などを多くの場面で知ることになり、医学的に血液検査データなどの証拠からも、可笑しい事が裏付けられているのだと知った。自分が調査勉強してきた事の正しさを改めて認識する事が出来たのである。
落ち着いて考えてみるに、医療学会は、昔からリスクアプローチが主流であり、予防の重要性を口にはするが、実際はあまり力点を置いてこず、保健所・保健師などに責任転嫁をしてきたのではないかとの疑問を持つ様になっていた。そして、色々な医学関連学会でSEMソフトは殆ど使われていない事を知り、愕然とするが、教育や心理学、経済などの分野では有力な武器として、構成概念(健康は多くの要因からなる構成概念である)を取り入れて、先端的な研究で使い込まれ評価されている現状を知り勇気づけられていた。医学界は一般的には非常に科学的な集団と思われているが、実際は限定された条件の中での論理展開の世界であり、人間の健康問題などは複雑で十分に究明され完成された科学分野ではなく、まだまだ不明な事が多い未解決分野であり、今後心理学や脳科学などと連携して進歩が期待され真実を解き明かさなければならない分野である事に気が付いた。そのような時に、大櫛教授の説明会の存在を知り、説明を聞かせていただき、勇気ある発言に驚くとともに証拠を積み上げた科学はいつも正しいとの確信を強める事ができた。メタボリックシンドロームなる症候群は日本だけの特異な性格を持った病気に仕立て上げられていることが分かり大いに納得したのである。教授にも面談する機会が出来て大変光栄でありとても喜んでいる。
臨床医療業界は証拠に基づく医療(Evidence Based Medicine;EBM)といわれながら実際はかなり、経験が支配する世界であることに気が付いていた。エビデンス即ち証拠に基づいた診療支援策が必要であるが、経験と感にもとづく医療が幅を利かせているように感じられて寂しい思いをする事が多くなっていた。脳生理医学や遺伝子医学などの最先端の医学分野では世界に誇れる研究成果が続々と進んでいるのに、男が85cmで女が90cmの腹囲が問題であるはずがないこの馬鹿げた逆転劇、最も市民に近い現場で何故このような非科学的非合理なことが発生するのであろうか?市民不在の政策が何故国会を通るのであろうか?そこに潜む政治政策立案の裏部隊の真実を解き明かす必要があると有識者は誰でも考えるであろう。
日本は戦後から毎年、著しい平均寿命の延伸を実現でき、幸い世界一長寿国になり誇りにできる状況を生み出してきた。しかし昨年度のWHO(世界保健機構)統計では、スイス、アイスランドなど欧州諸国の小国に其の座を譲り、北欧諸国から猛追を受けて数年後に先進的な長寿国から普通の国に転落する運命が予想されるに至っている。20世紀末に我が国は、健康日本21なる健康施策を発表し高い目標値を掲げて国民の健康長寿を更に健全なもの、QOL(生活の質,Quality of life)の高い国に育てようとの政策目標を掲げたのであるが、最近はその理想をかなぐり捨てた施策混迷が進んでいるという。どうしたことであろうか?と疑問に感じているときに、国会では耐震疑惑事件で大荒れになったことを思い出した。これは建築基準法違反を監督行政が黙認した事の結果であり、多くの談合問題と類似の行為である事に気が付いた。要するに、現代は産官協同体が既得権益擁護を図っているために、明治以来の世界のトップクラスの政治体が破壊し、2流国政治に転落したなせる業であることが示されているのだと思われる。公共投資の美名の下で多くの血税が無題使いされ、年金資金も底をついた事件など、本質的に政治腐敗現象と考えられる悲しい事に気が付いたのである。
罹患危険度の高い人を早期発見する目的の科学的手法をリスクアプローチといい、普通の人を対象に集団全体の健康増進を予防の視点から考えるのをポピュレーションストラテジと言われている。20世紀半ばごろまでは、感染症(伝染病)が死因の大きな割合を占めていたので、リスクアプローチが医学界の主流で著しい成果を上げる事ができたのであった。第2次世界大戦後は科学の進歩、経済成長、公衆衛生の進歩など多くの成果により殆ど人類の脅威であった感染症の因果関連性が解明され、医薬品の開発や医療技術の進歩などにより、克服収束の方向にある。其の結果、先進国諸国は20歳以上の長寿を享受してきたのである。しかしその長寿の代償として、老化による生活習慣病(成人病)といわれる高血圧、糖尿病、高脂血症、がんなどの慢性病に苛まれる事となったのが、現代である。これらの疾病群は、完全な因果関連性は分からないので、治療効果の薄い疾病である。そのために多くの間違った健康常識が氾濫し、国民を混乱に陥れている可能性が高いのである。この社会現象は、医学の限界を意味するのでなく、医学的アプローチにおいて大きな間違いが内在し何らかの突破口を開かないといけないと考えている識者も多いと思われる。
生きがいを測定する定説がいまだにないのは悔やまれる。WHOはSF36なる評価指標を提案しているが、日本では国際比較のとき以外は余り使われていないようである。この指標では調査項目が専門的で複雑すぎ、もっと簡単に調査できる方法の開発が必要と感じたので、私の博士論文のテーマは「高齢者のQOLとその規定要因の因果関連性研究」とした。その結果判明したのは、常識的には良く理解できる当たり前の事のようにも思われる内容であるが、医学的には驚くべき内容であった。即ち医学では、主観に基づくデータは科学的・客観的でないので、軽視されてきたのであるが、主観的な健康感や幸福感、人生満足度などが健康増進には重要要因で、社会参加や仕事・役割の有無・収入などがとても重要な規定要因であることが定量的に証明されたのである。
日本が世界最長寿国から転落(男)した傾向は、数年前から分かっており、日本社会の中に潜む較差拡大やコミュニティ疎遠化による高齢者の疎外、社会や家庭での役割喪失、老若世代間尾軋轢増大などソシアルキャピタル(人間関係社会資本・相互信頼社会)不足が大きな原因と考えられる。団塊世代のリタイヤ期になり高齢者を排除する社会制度慣習のなかで、高齢者の生きがいを創造する仕掛け作りこそ、いま必要な健康政策、保健政策でなければならない事に気が付いた。高齢化が進展して行く社会に於いて、健康政策は国民の健康増進と健康寿命延伸、生活の質の充実・QOL向上こそが重要であり、プピュレーションストラテジを確り護り、高齢者の生きがいを増幅する施策展開こそ求められることに注目しなくてはいけない。40歳以上の人間を全員健診付けにして血税を浪費する事が重要な時ではないのである。戦後政治が優秀で高い使命感に溢れ夢を持って日本を支えてくれた多くの官僚達の努力を無にしてしまってはいけないのでなかろうか?
高齢化率世界一の日本が世界に示さなければいかないのは、世界の医学会から馬鹿にされるこのような施策ではなく、世界の模範となるQOL向上・健康長寿世界構築の健康科学施策を示すことではなかろうか?保健政策では、予防医学・健康科学重視へのパラダイムシフトが求められ大きな方向転換が必要な状況下にありながら、世界の保健行政に反した不見識無駄な政策、残念ながら、天下り先を作って肥えるのは誰かなど下らないことまでを考えざるを得ない体たらく。。。この破廉恥な法案が実施される前に速やかな廃案を期待するのは私だけではなく、多くの医療関係者も同感であると感じているが如何がものであろうか?
国民の政治不信を増長する事件が多発しているが、市民には科学的で有能な人財が多く居るのである、腐敗した国会などの議員も全部置き換える事ぐらいの変革を覚悟する必要があるように思われる今日この頃である。日本の将来を憂え、勇気ある発言を控えておられる多くの識者達が立ち上がることを期待したい。
日本の多くの古寺には、十一面観音の暴悪大笑面が祭られているが、厚生労働省や其れを支えた御用学者などの政策立案者達は、改めて寺参りでもしてみては如何なものであろうか?
以上(タベダス2007VOL20APRIL号投稿記事)
投稿: BLUEOCEAN 健 | 2008年9月27日 (土) 03時48分
世界一の高齢時代を生き抜く、生きがいについて考える
――あるシニアーの生き様と健康科学重視への予防政策転換を訴える----
都市科学博士 健康科学コンサルタント 高橋俊彦
還暦を過ぎ、リタイヤ後の余生を如何に有意に生きるかが、多くの高齢者の課題認識であろう。私の場合は、リタイヤ前後から地域での多様なボランティア活動に精をだしていたが、色々な壁に突き当たり、もう少し人間科学を勉強する必要性を感じていた。都立大学大学院進学を思い付き、若者に混ざって修士と博士課程を通過して、幸い都市科学博士になることができた。この学問分野は比較的新らしく、世界でも大都市にしかない分野だそうである。専門外であったが、都市問題を幅広く学際的な学びができたうえ、人間の健康科学のあり方を学ぶ事の魅力に捕らわれる事となった。世界の都市づくりやそこに住む住民の多くの課題を多面的世界的な視野で学べ、都市環境や都市政策・政治行政学・労働経済学・地理情報システムから都市住民コミュニティ論・ユニバーサルデザイン・疫学や高齢者の健康問題まで幅広く学ぶ事ができた。そこで学んだ社会調査手法には、想定だに付かなかった多変量解析ソフト(構造法方程式モデリングStructural Equetion Modeling;SEM)との出会いがあり、その能力の素晴らしい輝きに眼がくらんでしまった。数年後の経年データを含めた縦断研究が出来る調査データを分析する事で統計的な因果関係が定量的に解明できる事を理解、その習得に没入し、ソフトウェア技術の隔世的な進歩に驚嘆したのであった。自治体と大学との共同調査で集めた数万件のデータを分析していくうちに、健康常識といわれている多くの事が疑われることが示されていた。例えば肥満は危険なのでダイエットしよう、高血圧の危険性や生活習慣病の特性は何々に注意しようなどは、かなり条件を絞って考えないといけないのに一般化されてしまっている。主観的な健康感の重要性が殆ど強調されていないなどなど。。。。データが示すことと世の中の常識の食い違いに疑問を感じていた時に出たのが今回のメタボリックシンドロームなる疾病対策の話であり、これは何だと当惑していた時に、大櫛教授の論文などを多くの場面で知ることになり、医学的に血液検査データなどの証拠からも、可笑しい事が裏付けられているのだと知った。自分が調査勉強してきた事の正しさを改めて認識する事が出来たのである。
落ち着いて考えてみるに、医療学会は、昔からリスクアプローチが主流であり、予防の重要性を口にはするが、実際はあまり力点を置いてこず、保健所・保健師などに責任転嫁をしてきたのではないかとの疑問を持つ様になっていた。そして、色々な医学関連学会でSEMソフトは殆ど使われていない事を知り、愕然とするが、教育や心理学、経済などの分野では有力な武器として、構成概念(健康は多くの要因からなる構成概念である)を取り入れて、先端的な研究で使い込まれ評価されている現状を知り勇気づけられていた。医学界は一般的には非常に科学的な集団と思われているが、実際は限定された条件の中での論理展開の世界であり、人間の健康問題などは複雑で十分に究明され完成された科学分野ではなく、まだまだ不明な事が多い未解決分野であり、今後心理学や脳科学などと連携して進歩が期待され真実を解き明かさなければならない分野である事に気が付いた。そのような時に、大櫛教授の説明会の存在を知り、説明を聞かせていただき、勇気ある発言に驚くとともに証拠を積み上げた科学はいつも正しいとの確信を強める事ができた。メタボリックシンドロームなる症候群は日本だけの特異な性格を持った病気に仕立て上げられていることが分かり大いに納得したのである。教授にも面談する機会が出来て大変光栄でありとても喜んでいる。
臨床医療業界は証拠に基づく医療(Evidence Based Medicine;EBM)といわれながら実際はかなり、経験が支配する世界であることに気が付いていた。エビデンス即ち証拠に基づいた診療支援策が必要であるが、経験と感にもとづく医療が幅を利かせているように感じられて寂しい思いをする事が多くなっていた。生理医学や遺伝子医学などの最先端の医学分野では世界に誇れる研究成果が続々と進んでいるのに、男が85cmで女が90cmの腹囲が問題であるはずがないこの馬鹿げた逆転劇、最も市民に近い現場で何故このような非科学的なことが発生するのであろうか?市民不在の政策が何故国会を通るのであろうか?そこに潜む政治政策立案の裏部隊の真実を解き明かす必要があると有識者は誰でも考えるであろう。
日本は戦後から毎年、著しい平均寿命の延伸を実現でき、幸い世界一長寿国になり誇りにできる状況を生み出してきた。しかし昨年度のWHO(世界保健機構)統計では、スイス、アイスランドなど欧州諸国の小国に其の座を譲り、北欧諸国から猛追を受けて数年後に先進的な長寿国から普通の国に転落する運命が予想されるに至っている。20世紀末に我が国は、健康日本21なる健康施策を発表し高い目標値を掲げて国民の健康長寿を更に健全なもの、QOL(生活の質,Quality of life)の高い国に育てようとの政策目標を掲げたのであるが、最近はその理想をかなぐり捨てた施策混迷が進んでいるという。どうしたことであろうか?と疑問に感じているときに、国会では耐震疑惑事件で大荒れになったことを思い出した。これは建築基準法違反を監督行政が黙認した事の結果であり、多くの談合問題と類似の行為である事に気が付いた。要するに、現代は産官協同体が既得権益擁護を図っているために、明治以来の世界のトップクラスの政治体質が破壊し、2流国政治に転落したことが示されているのだと思われる。公共投資の美名の下で多くの血税が無題使いされ、年金資金も底をついた事件など、本質的に政治腐敗現象である類似事件でなかろうかと考えられる悲しい事に気が付いたのである。
罹患危険度の高い人を早期発見する目的の科学的手法をリスクアプローチといい、普通の人を対象に集団全体の健康増進を予防の視点から考えるのをポピュレーションストラテジと言われている。20世紀半ばごろまでは、感染症(伝染病)が死因の大きな割合を占めていたので、リスクアプローチが医学界の主流を占める考え方で著しい成果を上げる事ができたのであった。第2次世界大戦後は科学の進歩、経済成長、公衆衛生の進歩など多くの成果により殆ど人類の脅威であった感染症の因果関連性が解明され、医薬品の開発や医療技術の進歩などにより、克服収束の方向にある。其の結果、先進国諸国は20歳以上の長寿を享受できたのである。しかしその長寿の代償として、老化による生活習慣病(成人病)といわれる高血圧、糖尿病、高脂血症、がんなどの慢性病に苛まれる事となったのが、現代である。これらの疾病群は、完全な因果関連性は分からないため治療効果の薄い疾病である。そのために多くの間違った健康常識が氾濫し、国民を混乱に陥れている可能性が高いのである。この現象は、医学の限界を意味するのでなく、医学的アプローチにおいて何か大きな間違いが内在し何らかの突破口を開かないといけないと考えている識者も多いと思われる。
生きがいを測定する定説がいまだにないのは悔やまれる。WHOはSF36なる評価指標を提案しているが、日本では国際比較のとき以外は余り使われていないようである。この指標では調査項目が専門的で複雑すぎ、もっと簡単に調査できる方法の開発が必要と感じたので、私の博士論文のテーマは「高齢者のQOLとその規定要因の因果関連性研究」とした。その結果判明したのは、常識的には良く理解できる当たり前の事のようにも思われる内容であるが、医学的には驚くべき内容であった。即ち医学では、主観に基づくデータは科学的・客観的でなはないと軽視されてきたのであるが、主観的な健康感や幸福感、人生満足度などが健康増進には重要要因である。社会参加や仕事・役割の有無・収入などがとても重要な健康規定要因であることが定量的に証明されたのである。
日本が世界最長寿国から転落(男)した傾向は、数年前から分かっており、日本社会の中に潜む較差拡大やコミュニティ疎遠による高齢者の疎外、社会や家庭での役割喪失、老若世代間尾軋轢増大などソシアルキャピタル(人間社会資本・相互信頼社会)不足が大きな原因と考えられる。団塊世代のリタイヤ期になり高齢者を排除する社会制度慣習のなかで、高齢者の生きがいを創造する仕掛け作りこそ、いま必要な保健政策でなければならない事に気が付いた。高齢化が進展して行く社会に於いて、健康政策は国民の健康増進と健康寿命延伸、生活の質の充実・QOL向上こそが重要であり、プピュレーションストラテジを確り護り、高齢者の生きがいを増幅する施策展開こそ求められることに注目しなくてはいけない。40歳以上の人間を全員健診漬けにして血税を浪費する事が重要な時ではないのである。戦後政治が優秀で高い使命感に溢れ夢を持って日本を支えてくれた多くの官僚達の努力を無にしてしまう破廉恥行為が蔓延っているように感じられる。
高齢化率世界一の日本が世界に示さなければいかないのは、世界の医学会から馬鹿にされるこのような施策ではなく、世界の模範となる健康長寿世界構築の高QOL・健康科学施策を示すことではなかろうか?保健政策では、予防医学・健康科学重視へのパラダイムシフトが求められ大きな方向転換が必要な状況下にありながら、世界の保健行政常識に反した不見識政策、残念ながら、天下り先を作って肥えるのは誰かなど下らないことまでを考えざるを得ない体たらく。。。この破廉恥な法案が実施される前に速やかな廃案を期待するのは私だけではなく、多くの医療関係者も同感であると感じているが如何がものであろうか?
国民の政治不信を増長する事件が多発しているが、市民には科学的で有能な人財が多く居るのである、腐敗した国会などの議員も全員置き換える事ぐらいの変革を覚悟する必要があるように思われる今日この頃である。日本の将来を憂え、勇気ある発言を控えておられる多くの識者達が立ち上がることを期待したい。
日本の多くの古寺には、十一面観音の暴悪大笑面が祭られているが、厚生労働省や其れを支えた御用学者などの政策立案者達は、改めて寺参りでもしてみては如何なものであろうか? 以上(タベダス2007aprilVol20投稿原稿)
投稿: BLUEOCEAN 健 | 2008年9月27日 (土) 04時25分