高齢時代に欠けている施策とは?
日本には定年制度が長年存在していた。高度成長時代が終焉し、人口減の低成長時代に変化したが、世の中の仕組み・慣習・制度は依然として威力を発揮している。団塊世代が大挙してリタイヤ組に入り始めたが、早期退社組はそれなりの行動計画に沿ったことが出来ているとは思うが、殆どの人はなすがまま不安不満を持って定年を迎える人が多いと推察される。
高齢者の生き甲斐は、人から与えられるのではなく、自分の人生設計を持ち、全うして行く過程が重要で有ると思うが、何時も命令でしか動いた経験がない人は、急に命令者がいなくなると、途端に何をやって良いか路頭に迷うことになる。
高度成長期は、効率化志向で仕事の機能細分化が進み(人間生活としての円満な総合力自発力を放棄)、結果として皆が人間部品化してきた歴史であったと思う。従って、企業から放り出されてみると、全く無機質な単純部品でしかない存在に成り下がり、家庭や地域社会で何をどうすれば良いか分からず、新しい人間関係も作れず疎外され孤独化してしまう人が多いと思われる。
高齢者の寿命は脅威的に延びてきたが、第2の人生設計を持たない、指導も支援もされないで放置され、年金泥棒の様な人々が増え続けているのではなかろうか?
高齢医療費削減が騒がれているが、生活習慣病蔓延の根本的な原因は、このような夢を失った高齢者を大量に作っている事であり、結果としての医療費負担増を個人に負わせば済むと考えるのはお門違いである。。。とは為政者は残念ながら考えないのであろう。
高齢こそ人生経験豊富で後輩などに多くの事を教えられる能力を持ちながら、其れを生かし、若者に伝授する手段・機会を失っている事態に注目する必要がある。
老若協働参画社会の構築に向け、新しい地域文化醸成する事が出来れば、高齢者の生き甲斐は増幅し地域連携も進展して行く可能性が強いことに着眼する必要がある。
核家族化の進展や女性の社会進出により、子供教育がないがしろにされがちで、同居していれば自然に伝わるであろう文化的遺産・道徳・家族愛や地域愛などの伝承も止まっている現象に注目する必要がある。
今や、縁側もなく炉端もない、祭りも共同作業ない町に住み、階段しかないコンクリートジャングルで育った子供たちは、地域のなかで育ち地域に感謝する気持ちが希薄となり、テレビゲームで孤独を紛らわすうちに、凶悪な犯罪に走りやすい情のない性格が出来てしまうのではないかと危惧する。
高齢者達はこの点に気づき、地域貢献して子供(孫)達の教育にも真摯に取り組むことで、時代の犠牲者を増やさないで済むことに社会貢献の意義を感じるべきではなかろうかと思う。
高齢期になっても、仕事をしたいと意欲を持つ人が多いのに社会慣習は其れを拒否しているが、高齢者は知恵を絞って自分達の社会貢献範囲を広げ、自分達の余生を生き甲斐を感じる生き様が出来るような社会奉仕の社会風習を作り上げていく事に、使命を感じるべきだでは無かろうか。。。と思う。
インタネットの進歩は凄まじく、携帯電話機のインタネット端末化現象、WEB2.0の出現などで、高齢者も自宅から社会参加出来る可能性が極度に拡大したのである。遠隔地の人や知らない人同士の連携も促進できる地域SNSの活用を促進して、新しい21世紀の高齢社会の生きようを創造することが高齢者に与えられている使命ではないかと思う様になっている。
仲間を募り新しい地域文化創造に努力する生き様を見出すことが、世界一の長寿国から脱落した日本人(男)の健康長寿の延伸の秘訣であることを証明して行きたい。この点に気づき生き甲斐増幅のための諸制度改革に着手することこそ、今の日本で最も必要な施策転換であると思うが如何に?![]()


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