ソーシアルキャピタル論
日本でも漸く、ソーシャルキャピタル論が賑やかになってきた。高齢時代は人間関係を中心とした相互信頼関係が安心生存の基本であると思うが、疎外された高齢者たちの増大傾向は実に嘆かわしい。心身ともに疲れ切ったのか、共同体としての新しい価値創造を意識していない機械人間、温かい心を持てず、周囲に無関心でも何ら問題なく生きて行けると考える人たちの多いことに驚かされる。既得権益擁護を主眼とした金科玉条主義者たち、理想を持たない為政者たちの愚かな表層的議論の次元の低さも悲しい現実である。EU諸国が新しい時代創造に向けた斬新な改革を次々に実施して、市民に夢をもたらしていることと対比して考えると何とも寂しい。物事の本質や将来を考える習慣が身につけられなかった為政者には、ソーシアルキャピタル論は理解の外にあるのであろう。地方分権、地方自治と叫ばれているが、長らく政治をお上に任せきりにした慣習が根ずいた結果、政治不信や無責任・無関心体制が定着してしまった風習が問題であろう。。。ソーシャルキャピタル論を進展普及させるEUは経済成長し、平均寿命も延びている。ソーシャルキャピタル論を理解できない為政者たちにより、日本は長寿国転落(男)の憂き目を見ている。もう少し本質を見て将来の夢を語らないと、若者たちの夢が育たないで行き場がなくなり飛躍できなくなってしまうと心配である。。。


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